哲学をする事の幸せ
朝起きてから昼過ぎまで、夢中になって岸見一郎さん訳の『ソクラテスの弁明』に齧り付いていた。
夢中過ぎて腰が痛い。
本書は、最初に概要を示し、章ごとに説明を挿入してくれてるので、大変読みやすい。
よくある、註釈が最後にまとめて膨大に付属するやつは、原文に没入出来るという利点がある。
しかしそれ以上に、物理的なページの移動が注意欠陥持ちにはシンドいのだ…⚰(その反復で集中力ゲージ爆減り)
これ読み終わったら納富さんの訳と、岩波の久保さん訳も読んでみたいなー。
西洋哲学史だけでも膨大な範囲なのに、東アジア、インド、イスラム圏の哲学にも関心が高まっていて、本を選ぶのに苦心します。
人間の一生には限りがある。
不本意ではあるがもし長生きしてしまったとしても、せいぜい数十年。
あと何十回シーズンの寒暖差を経験したら、少なくとも肉体は勝手に死ぬ。
ましてや意識がはっきりしてるうちにしか読めないような難解な書物に、あとどれだけの時間を使えるのだろう。
その限りある時間をどう使うかを、毎日自問自答しています。
死ぬまでに読みたい本がいくつもある。
まだ理解が及ばずとも、手をつけ始めておく。
そもそも明日地球が滅亡しない保証なんか無いのだし🌍🔥
真剣に哲学すると、なんだか自分の苦しみが宇宙レヴェルで見たら原子のようにちっぽけな物に過ぎないのかなと思えてラクな気がしてきてます。
宇宙の歴史で見たら、この私が生きてる時間だって一瞬に過ぎないし。
あと世界史勉強すると、偉人から名も無き庶民に至るまで、何かしょーもない事やってたり苦しんでたり悩んでたりしてるのが分かるのが良いです。
この時ちょっとホッとするんだけど、私はこの感覚にアドラーの言う「共同体感覚」の片鱗を観てるんじゃないかと考えてます。
目標は、古今東西の叡智をこのちっぽけな脳味噌に叩き込んで、私だけの道をひらくこと。
そして死ぬ直前に、「あ!なんか解ったかも…」みたいになって死後の世界に引っ越し出来たら、最高に幸福な人生だったなと思えそうです。
どうかな。死んでみない事にはわからんか。